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コミックスにして119巻を数える大長編ボクシング漫画「はじめの一歩」の主人公、「幕之内一歩」。

彼は日本における架空のボクサーの中では、一二を争うほどの有名人かも知れません。



一歩は高校生の時、いじめっ子の梅沢たち不良グループにこっぴどくやられてしまったところで、近くを通りがかったボクサーの鷹村に助けられてジムに運ばれ、そこでボクシングを知りボクサーを志します。

以来、ライバルの宮田との死闘やプロのリングでの数々の名試合を乗り越えて、一歩は日本を代表するボクサーとして成長していくわけですが、何といっても痺れるのは彼の心根です。



一歩は、自分が罵倒され殴られただけにはとどまらず、母親まで侮辱されるような日々を送る中で、「強いってどういうことなのか」を切実に知りたいと考えボクサーを志すんですが、そこには多くの人が持つ「欲」が一切ないんですね。

母子家庭で家の仕事を手伝っていた一歩にはお金の大切さは痛いほど分かっていたでしょうし、不当に殴られ侮辱される辛さも骨身に染みていたはず。

世間をずっと下から見ている、と自分を位置付けても不思議でない境遇なのに、一歩はお金も名声も復讐さえもまったく求めずに、ただボクシングが好きだという思いと、「強さとは何か」を見つめていく求道的な姿勢を崩すことなく、とてつもなく辛い練習と試合を乗り切っていくんですね。


しかも拳闘一筋ではなく、プロになってからも家の手伝いを真面目に続けています。

体力と気力を絞り切るようなボクシングの練習をこたした上で、給料が出るわけでもなく肉体的にきつい釣り船屋の仕事をやるのですから、どれだけきついかというのは容易に想像できるものがあります。

さらには、自分をずっといじめてきた梅沢を、高校卒業後ずっと親友として付き合ってもいます。彼が受けたいじめの辛さからして、これが並大抵のことでないことも想像がつきます。


これだけのことができる人が一体何人いるでしょうか。漫画やアニメのキャラでもほとんどいないのではないでしょうか。

「強いとは何か」という一歩の問いに、私は「一歩のような人のことだ」と答えたいですね。恐ろしいほどの豪腕パンチやデンプシーロールのような必殺技がなくてもこの評価はいささかも変わらないでしょう。


どのタイミングで連載が完結するにせよ、「はじめの一歩」は漫画史に残る作品の一つとして語り継がれることになるでしょうが、その際はリング上での数々の死闘だけでなく、一歩たちの内面にまで踏み込んだ評価をして欲しいですね。